腎不全7

体重68.3kg 体温36.4度 血圧134/80 飲水量2500ml 尿量1970ml

2000年2月23日にシャントを作って一旦退院した。定期的に血液、尿検査は受けていた。
現状維持か、少し悪くなっている状態。腎臓がよくなることは、残念ながらない。

この時期日本の母から、なんでも中国製の漢方があるのだが、飲んでみては?とのこと。もう30年近く透析をしている叔父が飲んでいて、とても調子がいいようだし、知り合いで癌を宣告された人も進行が止まっているというので、試しに飲んでみることにした。

近々透析になると宣言されてしまったので、せめて現状を維持できたらという淡い期待を持っていた。
日本から送ってもらって1ヶ月位服用したが、残念ながら効果はゼロだった。

3月16日の診察で、直前にやった血液、尿検査の結果を言われた。
クレアチニンが6.3、クレアチニン・クレアランスが11.5。前回とあまり変わりはなかったのだが、
「透析を始めた方がいいだろう」とのこと。
ベッドが空き次第と、具体的になってきた。

日本ではクレアチニン6.3で透析を始めるのはまだ早いだろうと思う。基本的には8以上、10以上になってから始める人もいるとか。
でも献体移植リストに加わるには透析を始めてからでないとできないらしい。
私は特にどこといって悪いという感じはしないし、すぐにでも透析を始めないといけないのかな?と思っていた。
丁度音楽学校の学科の試験も控えていて、看護婦さんに、
「もうちょっと遅らせてもいいんじゃない?」と聞いたら、
「何言ってるの!体の方が大事でしょう」と一喝されてしまった。

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腎不全6

体重68.3kg 体温35.9度 血圧139/83 飲水量2500ml 尿量2150ml

1999年の入院から、透析が始まる2000年の4月までに更に2回入院した。
1回は風邪をひいてしまった。熱はそれほど高くはならなかったが、37度台の熱が1週間続き入院。その頃はまだコンピューターを持っていなくて、情報が殆どなかった。腎臓に風邪がいけないなんて全く知りもしなかった。当時知っていたならもっと気をつけただろうなぁ。
その時は1週間抗生物質の点滴をして退院した。

2回目は2000年1月の末。血液、尿検査は定期的にしていたのだが、1月19日の検査は最悪だった。
クレアチニンが5.3、クレアチニン・クレアランスが(1日尿を溜めてどれだけ腎臓が機能しているか詳しく調べる検査)13.5ml/分になってしまっていた。(正常は100ml/分)ベッドが空き次第入院した。

この入院中悩まされたのが、指と肘の関節痛だった。指の節々という節々、パンパンに赤く腫れあがってとても痛い。3,4日後引いていくのだが、一つの関節が治りかけになると、別の関節が痛み出す。
当時の日記をみても、毎日違った部分が腫れて痛むということばかり書いている。この関節痛は入院中だけでは治まらず、6月位まで続いた。しまいには足の膝や股関節も痛み出し、バスに乗り込むのも大変だった。まるでおばあさんにでもなったかのようだった。

1999年の夏に日本に帰国したのだが、その時充分なステロイド剤を持って帰るのを忘れてしまって、2週間位空白間があった。先生はそのせいで関節痛が起きているのではないか?と言われたが、定かではない。

入院はしたが、クレアチニンは徐々に上昇する一方。
2月11日にC先生から、「腎臓はどんどん悪くなっている。残念だが、透析をすることになるだろう」と言われた。ちょっとショックだったが、まだ未来形で言われたので、もう少し持ちこたえてくれれば。。。と願っていた。

腎機能は更に悪化して、2月23日に1回目のシャント手術。透析生活8年の間に4回手術することになった。

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腎不全5

体重68.1kg 体温36.4度 血圧141/80 飲水量2500ml 尿量2570ml

腎生険をしてIgA腎症が判明。3日間のステロイド点滴をすることになる。
その後、Deltacoltene forteという錠剤(ステロイド)24mgを3錠服用。何もかも初めてで分からないことばかりだったが、先生に任せるしかない。

暫くしたら、焦点が合いにくくなってきた。(疲れ目か?)それに何だか味が変だし、水の味すら変な感じだった。それに便秘。便秘で苦労したことなんて全くなかっただけにビックリした。これもみんなステロイドの副作用か??

ステロイドの他に尿酸を下げる薬(名前は忘れた)、Endoxanを服用。
ステロイドは日に3錠から2錠になって、1錠と減っていったが、丸1年間続けた結果、極端なムーンフェイスになってしまった。ほっぺたがパンパンで目も三角に見える。だいたい体重を量るのにすんなり下を見れない。。。
その頃の写真はまだとってあるが、久しぶりに見るとぎょっとする。
1年後に帰国したとき、両親が”あれが娘だろうか??”と思ったらしい。親戚の中には、私が相当具合が悪くて、このまま死んでしまうのではないかと思った人もあった。それだけ容貌が変わってしまった。きっとたまにあう人には分からないだろう。

そう言えば音楽学校に入学したばかりで、たまたま私の幼馴染の男の子とばったりあった。
彼は子供の頃からちっとも変わっていなくて、音大も一緒だったがそれ以来会ってなく、何年ぶりだっただろう。。。
私は彼と分かって、「久しぶり!」と声を掛けたのだが、相手はわからない。「ほら音大で一緒だったじゃない?」といっても、「同じ田舎で、幼馴染の。。。」と言ってもピンとこないらしい。
(ちなみに幼馴染で同じ音大に進んだのは私と彼しかいない)
終いには痺れをきらせて、「○○だよ~」と言うと、「えっ???!顔が違う。。。」と言われてしまった。。。

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腎不全4

昨日撮ったものです.。雨が降らないので、川の水が枯れています。

体重67.8kg 体温36.6度 血圧132/79 飲水量2400ml 尿量1860ml

1999年の4月にこの町に引っ越してきた。すぐに入院して、腎生険をすることになった。
入院するのは25歳の時中毒疹になって2度目。まして手術室に入るのは生まれて初めて。

病棟から看護士のクリスティーナに連れられて手術室へ。
透析室を通って行った。この時初めて透析をしている人を見たのだが、とてもショックだった。
(後で分かったのだが、ここは重症患者の透析室だったらしい。)
お年寄りが多かったのだが、機械に繋がれてチューブの中は真っ赤で、(血液を通しているのだから当たり前だが)見かけたおじいさんは呼吸困難らしく、酸素マスクをしていてとても苦しそうで、とても可哀相だった。透析って苦しいものなのかなぁ。。。と思った。

手術室はとても静かで厳かな感じだったが、一方簡素でそんなに広くなく、何だか”これが手術室?”という感じだった。
(これも後で分かったが、この手術室ではシャント作成の手術、腎生険くらいしかしないらしい。)

私はちょっと不安だったので、クリスティーナに「あなたは手術したことあるの?」と聞いたら、
「ある、ある。私なんて5回もしているよ!」ととても明るい。何でもよくは分からなかったが、足の骨を削る手術が2回、卵巣の腫瘍、鼻、後の1回は忘れた。
彼女は若くて、とってもチャーミング、また性格も明るくて、外国での初めての入院にとても癒された。

うつ伏せに寝て、腎臓近くのわき腹に局部麻酔注射。(凄く痛かった。う~っと唸ったほど)
それから呼吸に合わせて、何か皮膚が引き連れるような感じがして、金槌のようなもので(どんなものか想像つかない)カンカンと叩かれては引っ張るという作業を5,6回。
所要時間は15分位だったが、麻酔をしてからは痛くないとはいえ、皮膚というか、肉を引っ張られる感じで、なんとも気持ちの悪いものだった。
後でクリスティーナに腎臓の一部というものを見せてもらったが、白っぽくて(色は黒っぽいと思っていた)○○虫のようだった。
明朝まで身動き禁止だった。

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腎不全3

晴 67.7kg 36.2度 135/76 飲水量2500ml 尿量3250ml

1999年4月P市に引っ越してすぐ、詳しい検査のため入院した。

イタリアの健康保険制度はとてもいい。
各自ホームドクターがいて、具合が悪くなるとかかりつけの医者に行くのだが、薬代、検査費用は割引があり、入院に関しては、検査費用、手術代、部屋代、などすべで無料。

以前主人のヴィンツェンツォが胆石で2,3週間入院したのだが、幾らかかったのか聞いたら、「ただ」と一言。まさか踏み倒したりして。。。はいないのだが、それまで全く事情を知らなかった私は、本当に驚いた。

私は当時、学生扱いで健康保険証を作っていて、確か年間1万円位だったと思う。

特に体調が悪いというわけではなかった。もしかしたら、悪い状態に慣れてしまっていたのかもしれないが。。。血液検査の値だけ常に異常値を示していた。
クレアチンの値は2.8~3.3位。何日か後に腎生険をすることになる。

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プロフィール

Yさん

Author:Yさん
イタリアへ留学して15年。月日の経つのは早いものです。
留学して6年目に腎不全になり、翌年から透析開始。
それから8年待って、ようやく献体腎臓移植をすることができました。
腎不全、透析、移植について、また音楽、イタリアについても書いていきたいと思います。

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