首のチューブを取る

クレアチニン1.8 リン1.8 69.5kg 尿量2000ml
採血、首の2本のチューブを取ってもらう。

手術を担当したM先生が来て、傷口の消毒、ガーゼ交換をしてくれた。消毒だけだったら楽だが、中に溜まっている廃液を注射器に吸い取られるのが結構痛い。

首のチューブを取ってもらったお陰で首が自由に回せるようになった。少しは安眠できるだろう。熟睡はまだまだできない。だいたい3,4時間の睡眠時間。

廊下まで歩いた

クレアチニン2.3 70.6kg 尿量2200ml 採血

熱はないが血圧が高い。最高170位あるので、降圧剤を服用する。
昨日の昼食から食事が始まったが、ずっと同じメニュー。もう続けて(入院時も含めて5食とも同じだ。いい加減にして欲しい。拷問にでもあっているかのよう。(朝食はカフェラッテ:牛乳にコーヒーをたらしたものにビスケット)

午前の面会時間にピアチェンツァの親戚が来てくれた。(義兄嫁と娘)今日は廊下まで歩いてみた。(尿道カテーテルの袋、腹部2本のチューブの袋を持ったまま)病棟から出るときは必ずマスクをしなければならない。やっと移植ができたね、と2人ともとっても喜んでくれた。娘ステファーニャは始終涙ぐんでいた。

面会

クレアチニン3.3 体重72kg 尿量2300ml
採血、浣腸。昼から食事開始。強力ストッキング取れる。

クレアチンがだんだん下がってきた。私は手術後すぐに正常に戻るのかと思っていたが、徐々に下がるようだ。
朝食はレモンティーだけ。午後は小さな丸いパスタが入った野菜スープ(野菜は無し)にジャガイモのピューレ。入院時と同じメニュー。

少しずつ動き始めた。まだベッドから降りるのが大変だ。下腹に力が入ると傷が痛い。狭い部屋の中をちょっと動くか、椅子に座る程度。まだ部屋からは出ないほうがいいとのこと。
午前ピアニストのPと彼のお母さん、ピアノのL先生、D、午後は日本人の友達のAちゃん(ボローニャ在住)Tちゃん、オペラ科のS先生、イタリア人の友達Rが面会に来てくれる。
まだ集中治療室なので、面会は一人ずつ。午前、午後と1時間の枠しかない。1人頭10分位の面会だったが、結構疲れた。

寝不足

クレアチニン4.8 体重73.2kg 尿量1800ml
     採血、24時間点滴(夕方取れる)夕方から面会開始。Sが来てくれる。

血圧計は昨日取ってもらったので、1時間おきに起きることはなくなったが、今度は腸が動き出してきたようで、おならが頻繁に出るようになってまた眠れない。お腹が張って空気が出そうになると、尿カテーテルが振動して刺激を受け目が覚めてしまう。
腹帯をしないと動いてはいけないと言われているので、(着物の帯のような堅いものでマジックテープがついている)午後義理の息子Sに買ってきてもらった。(17euro、約2720円)集中治療室なので、面会人は帽子、マスク、長袖のエプロン、靴カバーをつけないといけない。(P市はとても暑く、湿気も結構ある。)それをつけているだけでSはもう汗だくになっていた。(一応エアコンはついている)
明日はベッドから降りれる。

Renato(レナート)と命名

クレアチニン5.9 72kg 尿量3000ml 採血、点滴

日本での腎臓移植体験記をインターネットでいろいろ読んだが、献体腎臓移植の場合、すぐに尿は出ないらしい。(生体腎臓の場合はすぐ出るらしい)雫くらいの尿から徐々に増えていくようで、ある程度透析をしながら様子をみるらしい。入院期間も1ヶ月から長くて半年になることもあるらしい。日本では献体腎臓移植は宝くじに当たるより難しいといわれているそうだ。ここP市では1986年から移植が行われ、今まで1000件の移植手術が行われたそうだ。平均にすると、私が入院しているこのM病院だけで年50件の移植手術が行われている。(生体、献体合わせて。でも献体の方が多い)
移植に関しては日本よりも進んでいるようだ。

日本の腎移植の総数は年間600人~700人、そのうち3分の2以上は生体腎、つまり肉親より腎臓の提供を受けた移植。献腎移植の数はほとんど変化がなく、ここ数年は年間150例くらいを推移している。アメリカの年間1万2000例と比べると寂しいかぎりだ。

 治療成績はかなりよく、生存率は1年で95%、5年で90%、10年で85%以上。腎臓の生着率(移植した腎臓がはたらいている患者さんの割合)は、生体腎で1年で95%、5年で81%、10年でで59%、献体腎で1年で89%、5年で74%、10年で57%となっている。

M病院で移植が始まった当時(1986年)は1年後の定着率は87%、現在は98%を越えているそうだ。死亡率も5%から2%弱になったらしい。

ベッドに仰向けになって寝たきり。シーツだけ掛けられて真っ裸。2日間は面会謝絶。昨夜は自動血圧計が1時間おきに血圧を測るので殆ど眠れなかった。
喉がカラカラで仕方ない。先生に水分を取っていいか聞いたが、内臓自体もまだ麻酔から完全に覚めていないので、普通に水を飲んでしまうと戻してしまうとのこと。飲むにしてもほんのちょっとにするようにと言われる。基本的には薬を飲む以外には禁止らしい。


看護婦2人に体を洗ってもらう。ベッドにいながら石鹸付きのスポンジで体をこすってもらい、その後ぬるま湯の入ったやかんで直接流していく。おしぼりで拭くのかと思ったら本当に洗ってくれるのだ。寝たまま体の隅々にシーツをクシャクシャと差込み、体の下には水を通さないセロハンみたいな薄いシートが敷いてあるので、マットレスに水分が垂れないようになっている。洗った後、そのままシーツ交換。体を斜めに固定しなくてはならず、ちょっと傷口が痛かった。勿論傷口は手でしっかりと固定して動かないようにしている。
あまりに喉が痛いので義理の息子DとSに飴を買ってきてもらう。勿論面会謝絶なので、看護婦さんに渡してもらった。

移植腎はRenato(レナート、生き返ったという意味)と命名した。これから少しでも長く一緒に生きていけるように大事にしたい。宜しくね。

献体腎臓移植手術

腎臓移植手術
点滴3本(250ml)クレアチニン6.9(手術後)体重70kg 24時間点滴。

1時間おきに目が覚めてあまり眠れず。4時に起こされて、3本の点滴。(抗生物質と免疫抑制剤だと思う)
看護婦に聞いたら、今回も私は2番目だったらしい。最初はボローニャの女性に電話がいったらしいが、断ったそうで私に回ってきたそうだ。その女性が承認していたら、私は今回も移植できなかったことになる。
8時15分に迎えが来て、プラスチックの冷蔵ボックスに入ったドナーの腎臓と一緒に出発。まだ夢を見ているよう。。。(歩いて救急車に乗り込み別の棟へ)
2001年、2005年と2回も移植手術を見送っているので、まだ半信半疑。手術が終わるまでは実感できないだろう。
(2001年は入院して移植手術を待つだけだったが、直前になってドナーの腎臓に問題がありできなかった。2004年には2番目だと言われ、1番目の人が断れば私が手術できるのだが、一応準備のため病院へ行って透析をしながら待機したが、結局できなかった。多分1番目の人が移植したのだろう)

手術室のずっと手前の入り口近くで服を全部脱ぎ、緑の後ろ開き手術着、帽子、足カバーをつける。処置室に入ってから手術の同意書にサインして、麻酔科の若い女医さんに説明を受ける。麻酔は背中に注射というイメージがあったが、今は点滴で入れるらしい。
手術室に入ると手術を担当するM先生(女医、70歳位)と助手がドナーの腎臓を2人がかりで処理していた。チラッとみたらクリーム色をしていた。
手術室に時計があって、9時だった。両手を固定されて、右手に点滴用の太い針、左手は血圧計。両足に強力ストッキングをはかされた。(血流をよくするのと浮腫み防止らしい)
麻酔士が「今から点滴で麻酔をしていきますから、気を楽にして、大きく息を吸ってください」と口元に酸素マスクを持ってきた。気持ちはとても落ち着いていた。2秒くらいして頭の中がカーっとしてきて、何だか細胞の1つ1つがシュワシュワと弾けていくような感じだった。気色悪いと思ったのもつかの間、ものの3秒で眠ってしまった。
気づいたのは14時半。「もう終わったんですか?」と目を開けたが、ぐるぐると目が回り焦点が合わず目を開けていられない。意識はとてもはっきりしていた。目が覚めたときはものの30分位しか経っていないようだったが、実際には5時間ちょっと経過していたことになる。不思議なものだ。
喉が乾燥して声帯が合わず、声もガラガラ。全身麻酔の場合呼吸も止まってしまうのか?人工呼吸器をつけるそうで、麻酔で眠ってから、口から肺までチューブを通して人工的に呼吸をさせるらしい。そんなんで、チューブを入れる時に喉の奥を少し傷つけたようで、つばを飲むと痛む。それに喋るとすぐに口が乾いてしょうがない。

腎臓科に戻って集中治療室に入る。2日間は絶対安静で動けない。尿カテーテルに、腹部から2本の排水チューブ、首にも緊急透析用に2本のチューブ。右手は2本の点滴につながれ、左手は血圧計。動こうにも殆ど動けない。
腎臓は右側の下腹部(ウェストから5cm位下から恥骨まで緩やかなカーブで切られている。約20cm 糸ではなくて大きなホッチキスのようなもので止めてある)痛み止めの点滴のせいか、全く痛みは無い。
手術後は丸1日くらい眠っているのかと思ったら、手術後目が覚めてからずっと起きていた。
17時頃、日本の声楽の先生から電話。まだ私が緊急手術をしたことを知らなかった。10分位喋ったら、もう口が乾燥してどうしようもない。喋るのは控えたほうがいいだろうと思って、主要な人にだけ簡単にメールをうった。

病院から呼び出し

入院。
クレアチニン11(腎臓が正常に働いているかどうかみるもの。正常値は1~1.4)、3時間の透析後7.8 体重透析後70kg。手術中の体力保存の為、少し体重は多いほうがいいらしい。(ドライウェイト68.2kg)

17時に病院から電話があり、腎臓が見つかったとのこと。
すぐに入院準備をして市内の病院に入院(18時半)。
採血、胸のレントゲン、心電図、透析4時間。でも血液凝固を防ぐヘパリンが少なかったようで、(病院の看護士は私がどの程度の量のヘパリンを使っているのか知らなかったし、私も覚えてなかった)
透析3時間後、血液凝固の為機械が止まってしまい透析中止。血流もあまり取れなかったようで、手術のとき緊急透析用に首に動脈、静脈2本のチューブを設置することになった。
その後、剃毛、浣腸。
全て終わったのが0時過ぎ。明朝4時にはまた別の準備があるという。
プロフィール

Yさん

Author:Yさん
イタリアへ留学して15年。月日の経つのは早いものです。
留学して6年目に腎不全になり、翌年から透析開始。
それから8年待って、ようやく献体腎臓移植をすることができました。
腎不全、透析、移植について、また音楽、イタリアについても書いていきたいと思います。

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