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今までを振り返ってみると

体重67.7kg 体温36.5度 血圧126/74 飲水量1900ml 尿量2200ml

考えてみると、いろんな偶然が重なって、このイタリアの地にいる。

さかのぼってみると、

・高校入試に失敗しなかったら。。。
・従姉が東京にいなかったら。。。
・そこでHに会わなかったら。。。

私はイタリアには100%いなかった。
歌も続けていなかっただろう。
故郷に帰って平凡に結婚して人生を送っていたかもしれない。
そして、もしかしたら透析にもなっていなかったのかも。

東京で一人暮らしをするようになって、暴飲暴食、ストレスの連続だった。
イタリアへの留学が決まったときも、あらかじめ健康診断くらいしたほうがいいのでは?
とも思ったが、もし何か病気でも見つかったら、留学自体だめになってしまうことが怖かった。

イタリアへ来てまた更に何でも物珍しく、更に暴飲暴食。。。体が悪くなるのも無理はない。
留学前の体重が77kgだったが、イタリアへ来て更に増えて85kg。
ダイエットは考えていなかった。
ずっと悪い先入観があったように思う; ”歌い手は体がないと歌えない”

でもただの肥満と、歌うためのしっかりとした体は違うのであって、その当時は気づきもしなかった。

腎不全になって、透析になって、結婚して、
主人の闘病生活を一緒に送り、未亡人になった。
そして、移植。

なぜだろう。。。精神的にとても穏やかになった。
むしろ腎不全になる前の方が余裕がなかったような気がする。

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透析中の計算ミス(後)

体重67.7kg 体温36.5度 血圧132/82 飲水量2500ml 尿量2440ml

透析中の計算ミスが起きた次の日の夜、伴奏者のピエトロと音楽会へ行ったのですが、何となくシャントのある左手が重くてだるい感じ。
まさか。。と思って耳を当てましたがシャントの音はしていました。

帰宅して一旦眠りに付きましたが、だんだんシャント部分が硬くなり、痛くなってきて、朝方まで殆ど眠れませんでした。
朝方4時に右手をシャントに当ててみると、反応がない。。。耳を当ててみましたが、その時はもうシャントは完全に止まってしまっていました。。。

以前血圧がとても低い時期があって、血液の流れが悪くなりシャントが駄目になってしまったことがありましたので、きっとこの事件の影響だと思います。

透析者にとって、シャントは命を繋ぐもの。
透析をするためには緊急オペが必要です。

コンクールの日で、それも日曜。パルマまでは電車で2時間はかかります。それにコンクールに行くとしても彼らの住まいから約2.5時間の道のり。。。
パルマの主治医の携帯に電話したら、”兎も角月曜の朝に透析施設へいって、診察を受けてから、オペの予約をいれるように手配する”とのこと。

殆ど眠れていないし、(睡眠不足はすぐに声に出ます)コンクールへ出ても可能性は低い。。ピエトロや彼の両親はすぐにパルマへ帰った方がいいのではないか?と言われましたが、ここまで一緒に練習して来たのだから、という思いもありましたので参加はしました。
結果は予想通りでしたけど。

結局はこの事件でシャントが駄目になってしまったので、一言くらい言っておかないと気がすまない。
でも興奮した状態ではなかなか言いたいこともいえないだろうと思って、パルマの透析施設の医師に頼んで、この前の件でシャントが駄目になってしまったことはきちんと伝えてもらいました。

この時に、自分の体は自分でしっかり守らないと!!と強く誓ったしだいです。


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透析中の計算ミス(前)

体重67.5kg 体温36.2度 血圧130/80 飲水量2300ml 尿量2560ml

時々私の通っていた透析施設でも、何度か計算ミスをされました。
殆どのマッキニスタは、暗算で計算した上、「今日は○○kgの除水ね」と言ってくれますので、私の暗算と同じであればホッとします。
中には何も言わず設定してしまう人もいるので、そういう時は「今日は○○kgの除水よね?」とこちらから聞いたり、間違って設定された場合は「ちょっと違うんじゃない?」とすぐに指摘していました。

ですから私が通っていた病院での計算ミスは1度もないし、幸いなことに事故も起こったことはありません。(命を預けているのですから神経は遣ってもらいたいですね)

私の伴奏者がコンサートを企画してくれて、何度か彼の町へ行き透析しました。
そこで起こった大変なミス。。。。

べッドに体重計は付いていますが、服を着ている分を引かないといけません。
パルマではベッドに乗る前に、あらかじめ別の物で服の分の重さをベッドに載せてメモリを0にします。
それを覗いてからベッドに載ると、正確な体重が出るというわけです。

彼の町の病院では、あらかじめパルマのようにメモリを0にして。。。といったことはしていませんでした。
ですから、服のままベッドに載って、その体重からダウンウェイトまで引いて、更に服の分も引かなくてはなりません。ここでは医師が計算機で計算していました。

最初にマッキニスタに「服の分が800gあるよ」と言ったのですが、「計算は医師がするから直接言って」とのこと。
医師が来て、私が持参した透析カルテを見て計算を始めました。
私はすぐに「服の分が800gあります」と言ったのですが、分かったのか分からなかったのか、ずっとカルテを見ていました。
それに私はこの日と~っても疲れていて、ほとんど眠れていなくて、すでにうとうとしていました。

いつもだったら、時々頭の上の量りを見てチェックするのですが、この日は一応マッキニスタにも先生にも言ってあるので、チェックもせず殆ど4時間眠っていました。
終了15分くらい前に急に気分が悪くなってきて、耐えられないほどでした。
隣の人を終了回収していた私の担当のマッキニスタに「気分が悪い」と言うと、
「今回収中だから、ちょっと待ってて」と言われましたが、胸がムカムカしてきて、吐いてしまいました。こんなことは透析を始めて以来初めてのことで、とてもビックリしました。暫くしたら落ち着きましたが、血圧を測ってもらったら最高90。。。いったい吐いてしまう前はいくつだったのか?多分80位かもっと下だったのかもしれません。

頭上のデジタル計を見ると、すでにダウンウェイトの”マイナス1kg”!!!
びっくり仰天!!!しました。

すぐに回収はしてくれたものの、結局私のダウンウェイトから1kg以上も引かれてしまいました。
終わってもだるくて起きれない。やっとベッドに座ったものの、一人で歩いて行けるのか自身がない状態。。。200g余分に引かれただけでもだるく感じるのに、こんなに引かれてしまったのは初めてのこと。

担当の先生を呼んできてもらって、担当のマッキニスタと共に冷静に注意しました。

でも先生の計算ミスなのに、謝りもしないんですね。
「服の重量を君が言わなかったから」なんて言われた時には怒り爆発!!です。
それこそ、他の透析患者にも聞こえるようにはっきりと文句言いましたとも。
(はい、イタリアに来て一人暮らしが長いと強くなります)

普段滅多に怒らないのですが、この時ばかりは怒りました!
第一、歌曲コンクールを2日後に控えていて、体力は十分に保っておきたかったし、ちょっと除水が残ってもいいかな?くらいの気持ちでした。(確かこの時は4kg以上落としたんだと思います)
なので、怒りも倍増です。

先生のその後の言葉
「減った分はそれだけ食べれるからいいんじゃない?」と。
もう呆れてしまって言葉も出ません。

だるさはどうしても解消したかったので、生食を800mlほど入れてもらいました。
でもだるさは解消しませんでした。


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イタリア人は計算が苦手?

体重67.7kg 体温36.5度 血圧138/80 飲水量2400ml 尿量2520ml

イタリア人は計算に弱いような気がします。
特に引き算の暗算はしないようです。

イタリアに初めて来て、買い物をした時にその計算の仕方に戸惑いました。
5ユーロの買い物をして、10ユーロ払ったとしましょう。
日本人ならすぐに5ユーロお釣りと判りますが、彼らは5ユーロから10ユーロまで1ユーロずつ足していきます。
15ユーロの買い物で50ユーロ払ったなら、15ユーロから20ユーロになるまで足していって、それから10ユーロずつ更に50ユーロになるまで足していく方法です。

でも細かい計算になると間違える人がいるので、お釣りを貰うときには自分であらかじめ計算しておかないと、後で「あれ?」っということになります。

それにもしかしたら外国人(特に日本人)は喋れないと思ってつり銭を誤魔化しているのかもしれません。まだ私が殆ど喋れないときに、そういう目にあったことが2,3あります。
計算ミスなのか、わざとなのか分かりませんけどね。

この計算が苦手というのは、透析の時にも及びます。
ベッドに量りが付いていると書きましたが、あらかじめ自分で”今日の除水は○○kg”と計算していないと不安でなりません。
実際に何度か計算ミスがありました。
その計算ミスで大変なことになってしまったことがあります。
長くなりそうなので、明日アップしますね。

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移植3ヶ月目の外来

体重67.6kg 体温36.5度 血圧136/80 飲水量2400ml 尿量2750ml
プログラフが0.5g減って、朝1,5mg、夜2mgになりました。

移植3ヶ月目の外来でした。
先週の血液検査の結果はほぼ今までと変わりはありませんでした。クレチニンも1.3(緊急用)と1.4で安定していますし、貧血もほぼ改善しています。
赤血球は正常範囲になり、ヘモグロビン11.6(正常範囲12から)、ヘマトクリックもほぼ正常の35.9(正常範囲36から)となりました。

ただ、前回正常範囲だったのに、今回グルコースが122になっていました。(正常範囲60-110)
R先生に”甘いもの禁止令”を発令されてしまいました!!(泣)

糖尿になりやすいんだから、甘いものは禁止(多分当分)、パン、パスタも少なめにするようにとのお達しでした。

気をひきしめて頑張ります!

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祝移植3ヶ月!!

体重67.6kg 体温36度 血圧127/67 飲水量2200ml 尿量2190ml

献体腎臓移植をして3ヶ月が経ちました。
3ヶ月が一番危険な時期だと前から聞いていましたので、とくに問題もなくここまでこれて、とても嬉しく思います。
明日は外来ですが、3ヶ月目からは2週間に1回でいいそうですし、免疫抑制剤が少しずつ減ってきたら、それだけ抵抗力も強くなるわけですから、今まで以上にいろんなことに挑戦できそうです。

さて、移植をしてからというもの、食欲旺盛で太ったと書きましたが、移植した腎臓にとって食事管理、血圧、感染症(インフルエンザなど)に注意するのはとても大事なことです。

日本でもそうだと思いますが、移植して暫くしたら移植冊子というものをくれました。
これには1986年から始まった移植の歴史、移植の準備(検査内容)、移植手術の内容、腎生険、拒絶反応について、その症状、服用する薬の種類と説明(細かく何時にどれどれというもの)、その副作用、移植後の生活、食事管理などが載っています。

                移植冊子

私は日本人ですから、辞書をひきひき何度も何度も読んで頭にいれました。
でも医師からは、質問しない限り何の注意も受けません。(聞けば丁寧に教えてくれますが)
こちらでは個人を尊重しますので、一旦冊子を渡しているのだから分かってるはず、ということだと思います。

初めてピサに行ったときに、あの高い斜塔になんの手すりもロープもないので、「危なくないの?」とイタリア人に聞いたら、「危険だと分かっていて上るんだから、それは個人の自由」というわけです。

移植をして自分の不注意で透析に戻ってしまった、という人は個人的には1人も知りませんが、巷ではよく聞く話です。私は献体移植ですので、もし透析に戻ったとしても悲しむのは私一人。

ほとんどが生体での移植であろう日本の皆さん方。
偉大な愛情で腎臓を与えてくれたドナーを、またご家族を悲しめないためにも、どうぞくれぐれも節制して自己管理してくださいね。

腎臓移植したから他の人と同じように健康体になったとういうのは、100%本当ではないと思うのです。
それに一生もってくれるという保障は全くありません。
一生薬は飲み続けなければならないし、ちょっとした不注意でインフルエンザをもらってしまって透析に戻ってしまった。。。その時の悲しみは計り知れないません。ここまで頑張って自己管理してもだめだった。。だったら諦めもつくかもしれませんし、腎臓をくれたレシピエントも納得するでしょう。

どんな方たちが見に来て下さっているのか全く分かりませんが、移植した方々、少しでも長く移植腎を持たせるために頑張りましょう!!


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フィガロの結婚

         伯爵夫人

体重67.9kg 体温36.5度 血圧134/78 飲水量2300ml 尿量2480ml

透析時代何が辛かったというと、(勿論体調不調もそうですが)”責任のある仕事ができない”ということでした。数人が出演するコンサートだったら、万が一移植に呼ばれたとしてもそれほど迷惑はかかりません。
でもコーラスのソリストだとか、試験などで重唱の相手として頼まれると、”うん”とは言えませんでした。私が急にでれなかったりしたら、それこそ相手に大きな迷惑を掛けてしまうことになりますから。


         伯爵夫人、スザンナ、ケルビーノ


そんな中で、コンセルヴァトーリオ(音楽学校)が企画して主催する”フィガロの結婚”のオーディションがあることを知りました。
今までは、ソリストのオーディションがある度に泣く泣く諦めていたわけですが、今回はダブルキャストということ。
万が一私が移植に呼ばれたとしても、もう1人いるわけですから気分は楽です。
それに毎日練習があったとしても、透析の日はもう1人にやってもらうこともできます。
(当時週2回4時間の透析をしていました)


         伯爵夫人


企画が持ち上がったのが公演の1年前だったと思うのですが、いろんな問題で4回も指揮者が変わりました。
その度に新たにオーディションです。
最初の指揮者で受かったのに、次の指揮者でだめだったという人も結構いました。
私は幸いに4度とも伯爵夫人としてとってもらえました。


         出演者、指揮者、演出家


”透析をしながらでも、オペラに出演できた”
(モーツアルトのオペラは長時間のものが多く、フィガロの結婚で3時間くらいあります)
この経験は私にとって大きな自信となりました。

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透析をしている方へ

体重68.2kg 体温36.1度 血圧124/70 飲水量2200ml 尿量2060ml

私がまだ透析を始める前、移植リストに加わるため、いろんな検査をしたのはすでに書きましたが、胃カメラを受けたときに、ある70前半だと思いますが、立派な体格の男性と一緒でした。彼は透析が始まるところだったと思います。
「自分の人生は終わった。。。」と泣いていて、とてもショックでした。
私は気の毒に思いましたが、
”自分の人生は終わった。。。”なんてとても思いたくもない。。と思いました。
透析をしていても普通に仕事をされている方も沢山いらっしゃいますよね。
自己管理をしっかりして、旅行を楽しんだり、海外にも旅行することも可能です。

ただ私の場合は”オペラ歌手として成功する”というのが夢でしたから、透析をしている限りそれは殆ど絶望的なことでした。
それこそ、”人生は終わった・・”なんて私に言われているようでもありました。
1つのオペラに出るということは、こちらでも最低1ヶ月以上は拘束されます。それも練習、オーケストラ合わせは殆どが夜。
その都度透析の調整はできても、夜練習に加わるのに朝か昼かに透析をしたとしても歌えるわけはありません。体が資本ですからね。たとえ1kgしか落とさなかったとしてもほぼ無理でしょう。

私の恩師も声楽家ですが、透析を機会に辞めてしまいました。
かの有名なテノール歌手、デル・モナコも透析を始めて歌を辞めてしまったそうです。

でも私は移植の可能性がある限り、歌は辞めず続けていこうと思いました。(まぁ移植できなかったとしても、歌っていたと思いますが)
それに移植ができてから、また歌を始めたとしてももう遅いと思ったのです。
何年も長い間歌わなかったら、復帰はもう絶望的でしょう。

オペラに限らず、少しは体への負担が少ない歌曲の勉強も続けました。
結果的には、歌曲の勉強も、私にとってとても有意義のあるものになりました。

このままコンサート歌手としてやっていこうと思ったのも自然なことでした。
コンサート歌手だったら歌手と伴奏者だけで、それも1日限りのコンサートですから、透析をしながら体調管理をし、十分に歌っていけます。

透析をしている皆さん、特に夢を持っている方、ずっとその夢を持ち続けていてくださいね。
諦めなければ、夢が叶うことも不可能ではありません。
夢に向かって進んでください。

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シャントの傷跡

体重67.8kg 体温36.5度 血圧128/72 飲水量2200ml 尿量1880ml

シャントの傷の赤みは1年後位から薄くなってきたようです。
手首から2cm程の所を真っ直ぐ。。。だといいのですが、逆半分U字型(分かるかしら?)に切られていて、ほんの少しポコッと盛り上がっていました。
本当はシャントの腕には時計はしてはいけないんですよね。医師から直接言われたことはありませんが。
でもその5cm位の傷の上に腕時計をすると丁度隠れるんです。
勿論きつくは締めていませんでしたが、やはり女性としては気になるところです。

そして7月、血流が150ml/分しか取れなくなり、あえなく2回目のシャント手術。
逆U字型を付け足すように両端を切られて、完全にちょっといびつなU字型になりました。

透析をされている皆さんは、夏も長袖でしょうか?
傷が殆ど目立たない人はそうでしょうね。

私は始めの頃は薄手の長袖で通そうか。。とも思っていたのですが、暑さには勝てず、テニス用の手首バンド(日本語でなんて言うんでしたっけ?)をしていました。
でもそれをしていると、結構目立つんですよね。(暑いし。。。)
暫くしていましたが、暑さに負けて取ってしまいました。
それから専らファンデーションを上から塗っていました。

今は演奏会とかで人の注目を浴びる時くらいしか使っていません。
ちょっと人の視線を感じる時もままありますが。。。

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透析に入ったとき、その後の気持ちの変化

体重67.7kg 体温36度 血圧127/83 飲水量2200ml 尿量2280ml

初めて透析をすることが決まったとき、正直信じられませんでした。
「透析をすることになると思うよ」と医師から告げられたときも、まだ未来のことだろうと漠然と考えていましたし、具体的に今度の何日から始めると言われた時には、やはりかなりのショックを受けました。

音楽学校に入ったばかり。。。週に2日は3時間の透析に通うことになります。それも移植をしない限り一生。ちょっと目の前が真っ暗になった感じでした。
悪夢であって欲しい。。。朝目が覚めると、「ああ。。やっぱり現実だ」と何度思ったことでしょう。

導入の頃は体が慣れなくて、とってもだるく、歌なんてとても歌えません。
音楽学校ではオペラ科に通っていましたから、アリア1曲だけでも相当なエネルギーが必要です。

最初の頃の歌のレッスンでは、ドレミレドの初歩的な簡単な発声練習ですら、息が持ちませんでした。
歌のコースは5年間で、私は編入という形で4年生から入りましたので、5年の終了試験に向けての準備を始めなければならなかったのですが、こんな状態で先生も困っていました。

腎不全のとてもだるい時期も辛かったのですが、だるくて歌も歌えないこの時期が更に辛かったように思います。

体が慣れ始めたのが、やはり1年後位でしょうか。7月に終了試験を受けたときも、沢山の曲を歌わないといけないのですが、殆ど負担の少ない簡単な曲にしてもらって、やっと終了した感じです。

それからはだんだんと体の調子も落ち着いて、歌も普通に歌えるようになってきて、初めて気持ちの方も透析をしながら頑張れる、大丈夫だ!という気持ちになってきました。

オペラ科を終了してから、歌曲科、教育声楽科(教育者の為のもの)、音楽学校が大学になってから、更にまたオペラ科に籍をおきました。
体重管理に気をつければ、それだけ除水も少なくなるし、比例してだるさも軽減します。
コンサートも普通にこなしていました。

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プロフィール

Yさん

Author:Yさん
イタリアへ留学して15年。月日の経つのは早いものです。
留学して6年目に腎不全になり、翌年から透析開始。
それから8年待って、ようやく献体腎臓移植をすることができました。
腎不全、透析、移植について、また音楽、イタリアについても書いていきたいと思います。

トスカニーニ歌曲集
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