献体腎臓移植手術

腎臓移植手術
点滴3本(250ml)クレアチニン6.9(手術後)体重70kg 24時間点滴。

1時間おきに目が覚めてあまり眠れず。4時に起こされて、3本の点滴。(抗生物質と免疫抑制剤だと思う)
看護婦に聞いたら、今回も私は2番目だったらしい。最初はボローニャの女性に電話がいったらしいが、断ったそうで私に回ってきたそうだ。その女性が承認していたら、私は今回も移植できなかったことになる。
8時15分に迎えが来て、プラスチックの冷蔵ボックスに入ったドナーの腎臓と一緒に出発。まだ夢を見ているよう。。。(歩いて救急車に乗り込み別の棟へ)
2001年、2005年と2回も移植手術を見送っているので、まだ半信半疑。手術が終わるまでは実感できないだろう。
(2001年は入院して移植手術を待つだけだったが、直前になってドナーの腎臓に問題がありできなかった。2004年には2番目だと言われ、1番目の人が断れば私が手術できるのだが、一応準備のため病院へ行って透析をしながら待機したが、結局できなかった。多分1番目の人が移植したのだろう)

手術室のずっと手前の入り口近くで服を全部脱ぎ、緑の後ろ開き手術着、帽子、足カバーをつける。処置室に入ってから手術の同意書にサインして、麻酔科の若い女医さんに説明を受ける。麻酔は背中に注射というイメージがあったが、今は点滴で入れるらしい。
手術室に入ると手術を担当するM先生(女医、70歳位)と助手がドナーの腎臓を2人がかりで処理していた。チラッとみたらクリーム色をしていた。
手術室に時計があって、9時だった。両手を固定されて、右手に点滴用の太い針、左手は血圧計。両足に強力ストッキングをはかされた。(血流をよくするのと浮腫み防止らしい)
麻酔士が「今から点滴で麻酔をしていきますから、気を楽にして、大きく息を吸ってください」と口元に酸素マスクを持ってきた。気持ちはとても落ち着いていた。2秒くらいして頭の中がカーっとしてきて、何だか細胞の1つ1つがシュワシュワと弾けていくような感じだった。気色悪いと思ったのもつかの間、ものの3秒で眠ってしまった。
気づいたのは14時半。「もう終わったんですか?」と目を開けたが、ぐるぐると目が回り焦点が合わず目を開けていられない。意識はとてもはっきりしていた。目が覚めたときはものの30分位しか経っていないようだったが、実際には5時間ちょっと経過していたことになる。不思議なものだ。
喉が乾燥して声帯が合わず、声もガラガラ。全身麻酔の場合呼吸も止まってしまうのか?人工呼吸器をつけるそうで、麻酔で眠ってから、口から肺までチューブを通して人工的に呼吸をさせるらしい。そんなんで、チューブを入れる時に喉の奥を少し傷つけたようで、つばを飲むと痛む。それに喋るとすぐに口が乾いてしょうがない。

腎臓科に戻って集中治療室に入る。2日間は絶対安静で動けない。尿カテーテルに、腹部から2本の排水チューブ、首にも緊急透析用に2本のチューブ。右手は2本の点滴につながれ、左手は血圧計。動こうにも殆ど動けない。
腎臓は右側の下腹部(ウェストから5cm位下から恥骨まで緩やかなカーブで切られている。約20cm 糸ではなくて大きなホッチキスのようなもので止めてある)痛み止めの点滴のせいか、全く痛みは無い。
手術後は丸1日くらい眠っているのかと思ったら、手術後目が覚めてからずっと起きていた。
17時頃、日本の声楽の先生から電話。まだ私が緊急手術をしたことを知らなかった。10分位喋ったら、もう口が乾燥してどうしようもない。喋るのは控えたほうがいいだろうと思って、主要な人にだけ簡単にメールをうった。

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プロフィール

Yさん

Author:Yさん
イタリアへ留学して15年。月日の経つのは早いものです。
留学して6年目に腎不全になり、翌年から透析開始。
それから8年待って、ようやく献体腎臓移植をすることができました。
腎不全、透析、移植について、また音楽、イタリアについても書いていきたいと思います。

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