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透析時代の思い出

だるさはしょっちゅうで、午前中の歌のレッスンではとても歌えない。。
音楽学校までバスで15分と近い所に住んでいたが、歌のレッスンは午後にしてもらっていた。
午後になると少し体力が回復するから。。

新期になり声楽の先生とレッスン時間を決める時には、とても申し訳なかった。
”ミラノや遠方から通っている生徒は午後にしてあげたい”という考えは尤もだが、私としても午前は体が使えない。。

透析年数が増えても午前はやっぱりだめだった。

ある時、数日前に伴奏者の先生から”○○日にフィガロをやるから”と言われた。
フィデンツァでフィガロの結婚に出演してから、あまり日は経っていなかったと思う。
音楽学校の中の講堂で、出演者は脇役なしの5人だけ。衣装無しでいいとのこと。
オペラの中から少しだけ歌ってくれたらいいとのこと。
はっきりとした事は分からず、あまり深く考えずにその日を迎えたのだが。。

当日午前10時。
前日透析で3.5kg位落としていたと思う。
10時になってもフラフラ状態。。

なんとミラノからプロデューサーが来ていてオーディションだったのだ。
私の他は皆衣装でスタンバイ!?

私の声は少し重たく、声が鳴りだすのには時間がかかる。それにこんなだるい状態でどうしたらいいのだろう。。
伴奏者の先生に体調不調で自信がないというと、”歌手はそんなこといってられない”と言われた。

それはそうなのだが。。
オーディションと知っていたなら透析日を変えてもらうんだった。

それぞれのアリアだけかと思いきや、ほぼ主要な部分全部。。
だるさの上に貧血状態で倒れそうだった。。何とか気力で頑張ったのだが、、、結果は私だけ取ってもらえず。。

”伯爵夫人の生気がない”。。ご尤も。

透析時代の苦い思い出でした。


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プロフィール

Yさん

Author:Yさん
イタリアへ留学して15年。月日の経つのは早いものです。
留学して6年目に腎不全になり、翌年から透析開始。
それから8年待って、ようやく献体腎臓移植をすることができました。
腎不全、透析、移植について、また音楽、イタリアについても書いていきたいと思います。

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