初透析

体重68.4kg 体温36.3度 血圧130/82 飲水量2300ml 尿量2170ml

2000年3月16日主治医から「透析を始めた方がいいだろう」と言われ、ベッドが空き次第ということになった。
それから19日後、4月4日から透析が始まった。

シャント手術の時に初めて見た透析は、状態の悪い人達の部屋だったようで、とてもひっそりとしていたが、この透析室はマッキニスタが6人もいて、とても活気があった。(透析専門職とでも訳そうか?直訳は機械を扱う人ということになるが。看護婦とは言わないらしい)
4つの部屋に分かれていて(壁はなくガラスで区切られていて、全て見渡せるようになっている)ベッドはそれぞれ4床から6床。全部で21床。

初透析の担当はClaudiaというおでぶちゃん。明るくて親切でいろんなことを教えてくれた。
最初に言われたのが、
「周りに奇声を発する人がいるけど、気にしないでね」とのこと。ちょっとおっかなびっくり。。。

私の隣のベッドの60代のおばさんらしいが、透析自体我慢できないらしい。時々発狂している。。。

見渡すと、手のない人、足のない人、目の見えない人が結構いる。
糖尿病を患っている人が多いようだ。
私の斜め前のおじさんは、片足、片手がなく、目も見えない。結構明るく看護婦とお喋りをしていたが、度重なる体重増加のため、透析を3時間から4時間にしようと言われて泣いていた。

一通り透析機械の説明をしてくれて、いざ穿刺。。。
針の太さにびっくり仰天した。爪楊枝くらいはある。こんなぶっとい針見たことない!
動揺したのが伝わったのか、もう1人応援を頼まれる。
Rositaというマッキニスタがやってきて、私が動かないように押さえつけた。
。。。。なんとも。。。初穿刺はと~~っても痛かった。刺したまま3時間????
それも動脈側、静脈側2本も!

1日目は時計ばかり見ていた。
その当時矢鴨のニュースを見て心を痛めていたが、まさに矢鴨になった気分だった。

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脳挫傷による見えない障害と闘いながら・・・

・・・拍手・あーんど・・プチ押しましただ、透析は、酷いもんですよね?酷く感じちゃいますよめ?親戚の叔母さんがしてるので・・つい・・

智太郎さんへ

透析は人によって状態が違いますよね。私は慢性的なだるさはありましたが、健常者と変わらない生活をしていました。でも透析でいっぺんに4kg落としてしまうと、翌日の午前中までヘロヘロ状態でした。あまり優秀な透析患者でなかったもので。。
プロフィール

Yさん

Author:Yさん
イタリアへ留学して15年。月日の経つのは早いものです。
留学して6年目に腎不全になり、翌年から透析開始。
それから8年待って、ようやく献体腎臓移植をすることができました。
腎不全、透析、移植について、また音楽、イタリアについても書いていきたいと思います。

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